バスケまじばな。6

ひさしぶりですね、まじばな。

バスケしながら、時々思うことを書いてみます。


ひさしぶりのマジばなですが、作り始めてからだいぶ経ちます。



文章を練り直す割に、

全然まとまっていませんが(汗)、

これ以上は、手直しすればするほど微妙になっていく気がするので、

・・・思い切って載せます。


気持ちが伝われば・・・幸いです。




長いので、お暇なときにオススメします。


微妙な文章力ですので、眠いときも避けた方がよさそうですよ(笑)





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褒めて伸びる選手?怒られて伸びる選手?

そんなのってあるんですかね?



実際に、選手によって指導する方法は違うかもしれませんが、

褒めて伸びる選手ってのは打たれ弱いってこと??

・・・違う気がする。



褒められて伸びる選手と言うのは、

それを励みにして更にがんばれる選手?

怒られて伸びる選手と言うのは、

その悔しさを力に変えられる選手?


・・・これもちょっと違うような気がする。



褒められて嬉しいって言うのは誰でもそう。


結果を励みにしたり、褒められた事を励みにするのは全選手でしょう。


そう考えると、

この分類はそもそもあるのかなって思ってきたりします。




しかし・・・

怒られた時に、

悲しいばかりで力に出来ないタイプ、

それに反発して力を出すタイプ、

その言葉を飲み込んで、力に変えるタイプには分かれます・・・ね。

タイプによって凄く差があると思います。


負けん気が強いって反発タイプではないですよ、決して。



何かを指摘される言葉と言うことは、私だって聞きたくないです。

誰だって聞きたくない。

やっぱり、私自身も怒りが先にくるかもしれない。


でも、その言葉を受け止めるかどうかが大事だと思います。


だって、

「評価」というものは、悲しいことに第三者が行うことであって、

自分自身ではないのです。

自分は精一杯だと思っていても、周りが足りないと思えば・・・足りないのです。





「がんばっている。・・・精一杯がんばっている。」


そう思ってバスケしている時に、

「足りない」って言われれば、素直にその言葉を受け取れない。


自分は精一杯なのになんでわかってくれないの、と受け入れないか、

周りにそう見えているって事は、そうなのか?と考え直せるか・・・。


主観的に捉えたままか、客観的に捉えられるか・・・。


自分の事を知らないくせに言わないで・・・じゃなく、

人にそう見えるなら、そうなのかもしれない・・・。

なぜそう見えた??なぜわかってもらえない?って考えた方が

今後の自分自身にとってプラスになりますよね。





そして、これは余談ですが、

気付かされる前に自分で気付く簡単な方法は、


「がんばり度」を、

人と見比べてみること。


プレーの特徴も価値観は人それぞれでいいけれど、

こればっかりは、今の自分のMAXがどこなのかいまいちわからない。


でも、

人のがんばりを見て、

「私も頑張らなきゃ。」って力もらえたり、

「頑張ってると思ってたけど、自分はまだまだだった。」って気付いたり・・・。

もう無理って思った時、隣にいる子が歯を食いしばっていれば

みんな辛いのは一緒だった、私もがんばらなきゃっ!MAX伸ばせたり・・・。









自分も、「もう限界」と何度も使いまくっているし、

何度も限界見た筈なのに、なぜか続けています。笑

自分が思っている限界は限界ではないのかもしれませんよ。


怪我でどうしようもないなど・・・肉体的に問題ないのに、


「頑張ってる、これが精一杯」と自分が認めるということは、

現状に満足している、それ以上は自分には出来ない。

と、自分で自分の枠を決めているということにもなりますよね。




それ以上は成長できない。


・・・そういうことでしょう。



自分で自分の枠を決めるなんて、こんな悲しいことはない。


バスケをしている以上、成長し続けるのが選手でしょう。

ネガティブな思考や反発は成長の妨げでしかないような気がしてなりません。


・・・もったいない!!


いつまでも、人の言葉を受け入れる心は失いたくないですね。



それが自分の思考にも深みを与えてくれると思いますし・・・。




















・・・私はそう思います。





そして、こうも思うのです。


人の意見を取り入れるのってそう悪いことではない、と。



「A」という方法を信じている自分に対して、

「B」がいいという意見があったとします。


1.「A」が正しいと信じていると受け入れないか、

2.「A」が正しいとは思うけど、「B」もやってみようじゃないか・・・。

やった結果、「A」がやっぱり正しいと思うのであればそれでいいと思う。

「B」を反面教師として自分に取り込めばいいのです。


そして・・・

新しい方法を編み出さなきゃいけなくなったとき、いろんな考えが浮かぶのは

1と2でどちらなんでしょう・・・。

「A」しか知らない人が生み出す「C」と、

「A」「B」両方を考慮して生み出す「C」。



後者の方が、多角的な考えが出来るような気がする。


そう思うと、何でも試してみたくなります。



・・・やっぱり、

変なプライドは捨てて、

柔軟に、真摯にいろんな事を吸収したほうが、

自分をより高められるのではないでしょうか。














反面、


これが今日の精一杯と毎日を過ごすことが大切だとも思います。


言っていることが真逆のような気もしますが、

まだ足りない・・・と思いながらも、今日出来ることの精一杯を続けると言う意味です。


「今日の精一杯」を毎日続けていれば

必ず成長しているはずなのです。


毎日同じ練習をすれば、最初は出来なくても、

繰り返すことでなんなくこなせるようになるのと同じように。


今日の精一杯より明日の精一杯の方が必ず上回るはず。


要するに、「今日はこれが精一杯。でも、明日にはもっとできるはず。」


この「もっと・・・。」っていう部分が大事になってくるんでしょうね。







こう考えてみてはどうでしょう。


今日も精一杯がんばった。

しかし、明日はもっとできるはずだから・・・

私はもっとできるはずだから助言をされるのだ、と。


がんばっている自分に向けられる指導は、

決して、今日のがんばりを否定しているものではないのですよ。

















ここまでは言われる側。




ここからは、


言う側がどうかっていう話になります。




「言い方」は大事。


今、その子の心は、この言葉に耐えられるか。

今、その子にとって必要なのはなんだろう。


本人が気付いているのに、きつい言葉を向ける必要はない。



自分が何を期待して、この言葉を言うのか・・・。



それはきちんと伝えなくてはいけないと思う。


なぜなら・・・


きつい言葉は、言った方より言われた方がずっと忘れないから。

私も、実際傷ついた言葉を覚えているし・・・。


このことは、言われる立場から、


言う立場になることが多くなった今でも

気を配るところです。



そう考えると、相手によって言い方が違うって言うのは、


褒められて伸びるタイプと怒られて伸びるタイプの分け方を当てはめるのではなく、

その子の精神状態でしょう。


(・・・やっぱり「褒・怒」の分けわけ方は好きじゃない笑)





受信側も真摯な態度を忘れてはいけないけれど・・・


発信側も相手のことを考えなくてはいけないですね。







でも、不思議なことに自分は

今になって昔を振り返ると、

傷ついたという感情より、

気付かせてくれたことに感謝する気持ちが大きい・・・。



だからこそ、


今、自分が伝えられることは何でも伝えたいと思います。



だけど・・・


愛情を持って・・・ってのが大前提。


相手のことを考えて言葉を選んで伝えていきたい。



そして、

他の意見も柔軟に聞き入れられる・・・


ひとつのことに固執しない人間でいたいなぁ。







言いたいことはなんとなく伝わるでしょうか・・・。



自分が思っていることが全て正しいわけではない。




若いうちは何でも吸収して、

自分でその中から確信が持てるものを選んでいけばいいのではないかと。


受け皿が小さいと、考え方も小さい人間になっちゃうよ。


世間ではなんとなく年を取ると頭が固くなるような言われようだけど、


私は逆に若いときの方が

なまいきなばっかりで頭が固かった気がします。

そして、そんな自分を悔いています。



そう言いながら・・・

今でも、怒りに任せてしまいそうになることがあって、

その度に、

そんな自分を悔いています。


なかなか難しくて、私も出来ないけれど、

ちょっと自分の事を、

客観的に眺めてみてはいかがでしょう。



・・・って、気持ちで、書いてみました。









この文章を載せたからには、

色んな言葉を素直に聞かなくてはいけませんが、


私もまだまだ発展途上・・・。


怒りもするし、泣きもします・・・。


発信側の心得も考慮した上でのお言葉を・・・これからもお願いします(笑)